2015年をデザインで振り返る(3)東京五輪・パラリンピックのエンブレム問題(下)

おはようございます。中小企業診断士の山口達也です。
エンブレム問題の続きです。

今回の件で、日本のトップの
グラフィックデザイナーの質に疑問符が
ついてしまいました。

佐野氏のエンブレムは、
2位以下の応募作を引き離して審査では選ばれたと
組織委員会の武藤事務総長は説明しました。

群を抜いた1位のデザインですが、
国民の多くは造形的に好んでいなかったようです。

佐野氏のエンブレムはよいので使うべきだとする声は少なく、
むしろ、招致時に使用した桜のリースのロゴが
よかったという声を多く耳にしました。

招致ロゴ.jpg

2位となった原研哉氏は、
後に応募したエンブレムを公開しましたが、
原氏のデザインが素晴らしいので採用すべきだ、
という意見も大きなうねりにはなりませんでした。

原研哉氏が公開した作品
http://www.ndc.co.jp/hara/detail/olympic2020/00.jpg
原研哉氏ロゴ.jpg

そこから透けて見えるのは
日本のトップデザイナーに限ったはずの
今回のコンペのデザインの質・数が
貧しかったのではないかという疑念です。

私は、応募資格を狭め、限られた専門家がしっかり審査する
コンペも悪くないと思っています。

国民の多数派がいつも正しいとは限りませんし、
審査員が、先見性や鋭い審美眼、責任感をもち
後世にはきっと理解されると言い切って選んでもよいと思います。

しかし、そこにはプロとしての絶対的な質の高さが必要です。

今回の件は、質に大いに問題ありとされ、
プロが国民を押し切れなかったと考えることもできます。

佐野氏は亀倉雄策賞や毎日デザイン賞などを受賞した
日本のトップデザイナーでした。

ただ、サントリーのトートバッグや羽田空港の写真を見ると、
その仕事ぶりはあまりに酷いものです。

デザイン賞の選考委員の目利き力も問われます。

一部の人の大失態で、
デザイン業界は信用を失ってしまいました。

胸を張れる仕事を続けることで、
取り返していくしかありません。

記事の本論から離れるため触れませんでしたが、
次の2点についても問題意識も持っております。

望ましいデザインができなかった原因は、
デザイナーだけでなく発注者の問題も大きいこと。

コンペにおいて選ばれなかった作品に
報酬が支払われないことに検討の余地があること。

今回はマスコミやネット、街中での会話で
数えきれないくらいの
さまざまな問題提起がなされました。

私が気づかないうちに、デザイナーに向ける
世間のまなざしは想像以上に厳しくなっていたのかもしれません。

2015年をデザインで振り返る(2)東京五輪・パラリンピックのエンブレム問題(上)

こんにちは。中小企業診断士の山口達也です。

2020年東京オリンピック・パラリンピックのエンブレム問題は、
デザイン界の今年の最大の話題となりました。

書いていたら長くなりましたので2日に分けて記します。

今年の流行語にもなった「エンブレム」(emblem)は、
辞書を見ると標章や紋章という意味です。

よく使われるロゴ(logo)やシンボル(symbol)と、
ほぼ同じ意味で使われていると考えてよいでしょう。

7月24日に佐野研二郎氏のデザインによる
エンブレムが発表されましたが、
国内で大きな話題・批判を巻き起こし、
9月1日に佐野氏が撤回に追い込まれました。

佐野氏エンブレム.jpg

現在は新たなエンブレムの審査に入っています。

時系列で私が感じていたことを記します。

私が最初に佐野氏のエンブレムを見た感想は
「黒が強く、重くて地味だな。いまひとつ。」でした。

高い評価につながったアルファベットへの展開は
美しく感じませんでしたし、
TがTokyo、Team、Tomorrowを象徴している話は、
招致時のプレゼンテーションに比べて
薄っぺらいと感じました。

ただ、絶対に受け入れられない悪い作品とも思いませんでした。
私の好みはともかく、みんながよいならこんなものかなと。

似ていると指摘されたベルギーの劇場ロゴは、
佐野氏が模倣したデザインとは思いません。

それほど似ていませんし、デザインのつくり方も違うので、
裁判でもおそらく負けないと考えます。

一方で、ギンザ・グラフィック・ギャラリーで開催された
ヤン・チヒョルト展のロゴと、
修正前の佐野氏の応募した原案とは似ています。
佐野氏が影響を受けた、真似をした可能性は排除できないと思っています。

私の感想は以上です。

ここからはこの問題を通じて、
私たちが学ばねばならないことを考えます。

「類似=模倣」ではないと認識しましょう。

日本の著作権法は、創作したデザインが
他の人のデザインと偶然に同じであったとしても、
模倣していなければ著作権侵害とならないと解されています。

確かに、著作権侵害を争うケースでは、
デザインが極めて似ていると、そのデザインが
まったくの偶然で創作されたとは考えにくい
と裁判官が判断することもあります。

しかし、これはかなり慎重な判断が求められます。

今回の件では、インターネット上で似ているデザインを
探す行為が広く行われましたが、
似ている=パクリ、ではない原則を理解しましょう。

その一方で、デザイナーに創造性や独自性を期待する人が少なくない
ことも、デザイナーは知っておきたいものです。

明日はもっと大きな問題を考えます。

2015年をデザインで振り返る(1)新国立競技場の設計やり直し

おはようございます。中小企業診断士の山口達也です。

今年はデザイン業界に激震が走った年でした。

新国立競技場の設計やり直しと、
2020年東京オリンピック・パラリンピックの
エンブレムの白紙撤回、の2つの話題に触れます。

今日は新国立競技場の設計やり直しについてです。

新国立競技場の設計をめぐる経緯から確認します。

新国立競技場のデザインは、
東京オリンピックの開催決定前の2012年11月に、
基本構想国際デザイン・コンクールに応募された
46作品の中からザハ・ハディド氏のデザインに
決まりました。

新国立ザハハディド02.jpg

しかし、当初予算の1300億円に対し、
その後の見積もりはどんどん膨らみます。

2割規模を小さくしたり、
屋根の整備はオリンピック後に整備に変更したり、
8万人の観客席の一部を仮設としたりしながら、
費用を抑えようとしますが、
今年6月には2520億円となる見込みとなりました。

政府への批判が高まり、7月17日に安倍総理が
当初の計画を白紙にすると表明しました。

設計案の募集からやり直し、A案とB案の2案から
12月22日に建築家の隈研吾氏の設計案(A案)が
優先交渉権者として決定しました。

新たに決まったA案
新国立競技場a案.jpg

わずかな得点差で選ばれなかったB案
新国立競技場b案.jpg

ここまでが経緯です。

取り止めとなったデザインへの批判は、
「意匠や構造が適当ではない」と「費用が高すぎる」
の2つが主なものと思われます。

私は躍動感のある鋭い意匠に魅力を感じましたが、
神宮の環境になじむとは言いにくく、
街や森がこの大きな変化を受け入れるかどうかは
悩ましいところです。

また、国民の批判の多くは、
意匠や構造よりも費用面に向けられました。

批判のトーンは、ザハ案の決定時よりも、
見積もり価格が膨らんだことによって
上がっていきました。

発注を決定して、あとからコストアップは
どんどん受け入れるという公共事業のあり方が
厳しく問われたのでしょう。

物価や人件費の変動もありますから、
大規模プロジェクトの原価が当初の予定通り
いかないことは、ある程度許されると考えますが、

これまでの公共事業の中には
あえて正しく見積もりをしようとしない
不作為の罪があると思われるものも
少なくありませんでした。

例えば、東京オリンピック・パラリンピックの運営費も
当初の6倍、1.8兆円になる見込みだと、
マスコミ各社が先週末に一斉に報じています。

NHKはロンドン五輪では2.1兆円かかった、
と報じています。

そのような状況で、東京の運営費を
最初に約3千億円と見積もるほうが不自然です。

運営費の負担もこれから問題になるでしょう。

新国立競技場に話を戻します。

旧案の選定の失敗を踏まえ、
設計の見直しにおいては、
短い工期への実現性や
価格を重視して選ばれました。

再募集では、設計と施工会社が組んで
応募することが求められました。

A案は整備費が1489億円、
B案は整備費が1496億円、
と提案書にはそれぞれ記されていました。

ザハ案の見込みが2520億円になった一因に
キールアーチに765億円かかることが
報道されています。

報道の金額が正確でなかったとしても、
高額になった原因のひとつに
デザインがあることは間違いないです。

設計や建設業界の人の話を聞くと
いろいろ事情はあるようですが、

設計と施工を別に考えること、
費用の検討より挑戦的なデザインを重視したこと、
は国民の理解を
広く得るのが難しかったのかもしれません。

私は、政府や日本スポーツ振興センターの
仕事の進め方に最大の問題があったと考えますが、

費用を軽視したデザインは国民に受け入れられない
ことも再確認させられた一件だったと思います。

NHKの世論調査では、2520億円になる建設計画には
「あまり納得できない」34%、「まったく納得できない」47%で、
「納得できない」が81%でした。

もうひとつの話題、エンブレム白紙撤回は週明けに。

2015年をブランドで振り返る(2)地理的表示保護制度が施行

おはようございます。中小企業診断士の山口達也です。

「ブランドで2015年を振り返る」の後半は
地理的表示保護制度の話題です。

地理的表示保護制度は6月1日から始まりました。

おおまかに言うと、
地域特性との結びつきが認められる
農林水産物・食品の名前を
保護しようというものです。

例えば、EU(フランス)では、
「カマンベール・ドゥ・ノルマンディー」
としてチーズの名前を登録・保護しています。

日本では、地理的表示法
(特定農林水産物等の名称の保護に関する法律)
として6月から施行されました。

地理的表示(GI: Geographical Indication)とは、
農林水産物・食品等の名称であって、
その名称から当該産品の産地を特定でき、
品質、社会的評価その他の確立した特性が
その産地と結び付いていることを特定できるものです。

地理的表示保護制度は、
地域団体商標と似ていますが、
主な違いとして次のような点が挙げられます。

・不正使用は政府が取り締まる
・生産・加工業者は品質基準を守らなくてはならない
・地理的表示であることを示すGI(ジーアイ)マークをつける
・同制度を持つ他国と相互保護が実現すればその国でも保護される
・地名を含まない名称でも地域との結びつきが特定できれば登録できる

日本のGIマークです。
gimark.jpg

商標権では、権利を侵害された場合に
権利者が差止請求や裁判を起こして、
ブランドを保護しなければいけませんが、
地理的表示保護では政府が保護しますので、
生産・加工者団体の負担は大きく減ります。

一方で、生産・加工者団体は品質の保護が求められます。

また、地理的表示は、すでに100カ国を超える国で
制度が取り入れられていますので、
相互保護の協定もこれから結ばれていくと期待されます。

良い制度だと思います。
これから期待したいです。

しかし、名称の保護はともかく、マークの保護は
商標権での保護が有効となりそうですので、
うまく使い分けたいです。

地理的表示の登録手続は農林水産省へ申請します。

現時点で20件くらい申請されているようですが、
審査中で登録されたものはまだありません。

来週の12月22日に初めての登録が発表されるようです。

制度の詳細は、農林水産省のwebサイトをご覧ください。
http://www.maff.go.jp/j/shokusan/gi_act/index.html

(12月24日追記)
12月22日に農林水産省は
次の7品の地理的表示(GI)を登録したと発表しました。
http://www.maff.go.jp/j/press/shokusan/chizai/151222.html

あおもりカシス、但馬牛、神戸ビーフ、
夕張メロン、八女(やめ)伝統本玉露、
江戸崎かぼちゃ、鹿児島の壺造り黒酢、の7品

事前の予想通り、12月15日に開催された
学識経験者委員会で議論された
7件すべてが登録されました。

知名度ではなく、地域で長年培ってきた品質管理の力が求められそうです。

2015年をブランドで振り返る(1)新しいタイプの商標登録が始まる

おはようございます。中小企業診断士の山口達也です。
ブランドで2015年を振り返ります。

今年は新しい商標制度と、
地理的表示保護制度の2つを取り上げます。

商標法が改正され、今年4月1日から、
従来の文字や図形に加え、
音、動き、位置、ホログラム、色彩に関する
新しいタイプの商標も登録できるようになりました。

4月1日から出願を受け付け、
初めての新しいタイプの商標の登録査定が出たと
特許庁から公表されたのは10月です。

音商標は久光製薬、味の素や
伊藤園「おーいお茶」などで登録されています。

hisamitsu.jpg
商標登録5804299 久光製薬株式会社

特許庁のインターネット利用による公報発行サイトでは
登録された音を聞くことができます。
http://www.meti.go.jp/press/2015/04/20150428003/20150428003.html
https://www.publication.jpo.go.jp/index.action

ちなみに、「おーいお茶」は、
CMのおじさんの声ではなく、
女性の声で登録されていました。

動き商標は「東宝」など、
位置商標は「セイコーマートの帯や丸の位置」など、
ホログラム商標は「三井住友カード」が、
登録査定を受けています。

エドウィン.jpg
商標登録5807881
株式会社エドウインの位置商標

色の商標は420件以上出願されていますが、
慎重に審査しているようで、
まだ登録査定を受けた商標はないようです。

色の登録がどの程度認められるかが今後の焦点です。

広く登録が認められれば、
来年は出願ラッシュになります。

新しい商標制度や登録商標の詳細は
経済産業省のwebページをご覧ください。

経済産業省:新しいタイプの商標の保護制度について
https://www.jpo.go.jp/seido/s_shouhyou/new_shouhyou.htm

地理的表示保護制度については明日に。

GOOD DESIGN EXHIBITION 2015(2)

おはようございます。中小企業診断士の山口達也です。
今朝の横浜は大雨です。
GOOD DESIGN EXHIBITION 2015のレポート第2回です。

グッドデザインBEST100から、
私が特に気に入ったデザインをご紹介します。

最初にご紹介するのは
exiii(イクシー)株式会社の電動義手「HACKberry」です。
http://www.exiii.jp/hackberry.html

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電動義手は手のない人が
残された腕の筋肉を使って操作します。

電動義手は、価格が高く、
機能、デザイン面での選択肢も少ないため、
あまり普及していませんでした。

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そこで開発を促すため、設計データを
世界中の開発者・デザイナーに無償提供して、
機能やデザインが増えていく仕組みを作っています。

オープンソースと3Dプリンターの活用で
製造コストを約9割減らしたそうです。

次は、デンソーの「iArmS」です。
http://www.denso.co.jp/ja/news/newsreleases/2015/150427-01.html

外科手術の執刀医の負担軽減をはかる肘置きです。

gde2015010.jpg

腕を動かすときにはうまく追従し、
固定したいときには支えてくれる仕組みです。

私も操作を体験しました。
装置価格は約1000万円なので貴重な体験です(笑)

慣れると使いやすく、
細かい作業をしやすくなります。

昨年のデンソーウェーブの産業用ロボットに続いて、
デンソーのロボット技術・デザインの力を感じます。

次はクリナップの「流レールシンク」です。

使いながら流し台のゴミが
まとまって流れやすい流し台です。

gde2015011.jpg

流し台の清掃の時間短縮と節水になります。

この商品は動画での説明がわかりやすいですね。

新クリンレディ「流レールシンク」紹介


いままでの一般的な流し台の問題点として、
水が蛇口から落ちてくると、手前に流れる水もあって、
傾斜の上にゴミが残されてしまうことを
説明されていて、なるほどと思いました。

波で海岸に海草が打ち上げられているのと同じです。

作業するのは手前側が多いわけですし、
左右にも傾斜をつけている、
今回の形は理にかなっていますね。

本日、最後にご紹介するのは、
美津和タイガーの「レボルタイガー」です。
http://mitsuwa-tiger.com/

グリップが楕円形で、
底部に角度がある野球のバットです。

gde2015012.jpg

人間工学の観点で設計したそうで、
手への衝撃を緩和するため、
怪我をしにくくなるそうです。

固定観念を取り払ったデザインです。

全日本軟式野球連盟などから公認を受けるなど、
企業努力も感じられます。

バットコントロールやスイングスピードにも
プラスに働くそうなので、
近い将来にイチロー選手のような打率の
バッターがたくさん出てくるかもしれません。

デザインで世の中が
どんどん豊かになっていくのを感じませんか?

人々の幸せを作り出している企業やデザインは
素晴らしいですね。

他にもたくさんご紹介したいデザインがあります。
また日を改めてお伝えします。

GOOD DESIGN EXHIBITION 2015(1)

おはようございます。中小企業診断士の山口達也です。
GOOD DESIGN EXHIBITION 2015のレポートです。

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2015年度のグッドデザイン賞受賞展です。
10月30日から11月4日まで
東京ミッドタウンで開催されました。

写真は「BEST100」の会場です。

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今年のグッドデザイン賞は、
「グッドデザイン賞から見えてくる12の未来」
と題して、デザインが目指すものを
切り口にした展示がされていました。

グッドデザイン大賞は、
WHILL(ウィル)株式会社の「WHILL Model A」です。

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電動車いすのリ・デザインと言えます。

webサイトの動画を見ると軽やかで力強い走りと
意匠の魅力をアピールしています。

機能面でも、
7.5cmの段差も乗り越えられることや、
その場で旋回ができ、
狭い廊下でも曲がりやすい点は優れていますね。

試乗したら、もっと魅力が伝わるかもしれません。

gde2015003.jpg


今朝の日本経済新聞の神奈川版によると、
価格は995,000円、すでに300台を販売しているそうです。
5時間の充電で20kmの走行が可能のようです。

BEST100の展示会場の隣には
インドのデザインマークや、
タイのデザインエクセレンスアワード
の大きな展示もありました。

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別会場では、メコンデザインセレクションとして、
カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナムの企業が
日本人デザイナーと商品開発などに取り組んだ成果を
展示していました。

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アジアのデザイン発展に貢献する
ソフトパワーの発揮も良いことですね。

グッドデザイン賞の受賞デザインのうち、
目に留まったものは来週以降ご紹介します。